その日は、私が所属している首都圏第一部のエリアセールスという特別な営業の日ということもあり、かなり気持ちを入れて臨んだ一日でした。
しかし、なかなか思うような成果に結びつかず、いつしか気合は空回りし、焦りに変わり始めていました。
私は、『これはよくない流れだ』と思い、一度小休止することにしました。
こんな時は総じて、契約を取りたいという気持ちだけが先行し、お客様のことを置き去りにした、利己的な営業になりがちだからです。
『そうだ、こういう時こそ感謝だ!』そう思うと私は目を閉じ、考え始めました。
今日この仕事をリーダーとして取り組ませていただいていること、小さな奇跡の連続があって今日にいたっていること、たくさんの仲間たちと楽しく仕事に取り組んでいること、たくさんの人にいつも支えられていること、さまざまな思いが去来し、考えれば考えるほど、本当にありがたいことばかりです。
私は平常心を取り戻しました。そうだ、自分はお客様に喜ばれる営業マンだ!特別営業なんか関係ない!今日も一人一人のお客様との出会いを大切にするだけだ!
と、気持ちも新たに訪問を再開しました。
少しして、あるお宅に伺った時です。インターフォンを押すと中から高校生の男の子が出てきたのです。
私は『こんにちは、朝日新聞ですが、親御さんはご在宅ですか?』とお聞きしました。すると『いいえ留守です』とその男の子が言いました。
軒並み訪問していますので、普通ならここで『わかりました』と次のお宅に行くところなのですが、先ほどリフレッシュした私は、その男の子に丁寧に話し始めました。『朝日新聞は以前お世話になりましたでしょうか』『ええ』『ありがとうございます』『いつもお母様には大変お世話になっております』『最近は読売さんでしょうか?』『そうです』『何か朝日新聞で失礼があったとか、記事のこととか、お母様おっしゃっていませんでしたか?』『うーん、よくわからないですけど』『そうですよね、失礼しました』『では、お母様は何時ごろお帰りでしょうか?』『そうですね、18時くらいには多分。。。』『わかりました、ありがとうございます。また後程お伺いさせていただきます』などというやり取りをその男の子とし、受け答えのしっかりしたいい息子さんだなぁと思いつつ、次のお宅に向かいました。
その後も訪問を重ね、18時30分になったので先ほどのお宅を再度訪問することにしました。インターフォンを押すと先ほどの男の子が出てきて『まだ帰っていません』とのことです。私は『何度も出てきていただいてすみません、また後程お伺いいたします』と言い、その場を離れました。
そして、時間は20時15分。いい加減しつこいかなと思いながらも再びそのお宅に伺いました。
インターフォンを押し『夜分遅くに何度もすみません、朝日新聞です』と恐る恐る私が言うと、奥様が『はい、お待ちください』と出てこられました。私はいつも通りきちんと挨拶をし、頭を上げ、ふと見ると、なんと奥様の手にはハンコが・・・。そして『とる気はなかったんだけど、仕方ない、とってあげるわ』というではありませんか。私はまだ何もお話ししていません。あまりのことに状況を理解出来ずにいると、『いや、息子がね、たぶん朝日の人が夜もう一度来るから、来たらどうしてもあの人からとってやってくれって聞かないのよ』『だから仕方がない、とってあげるわ』と奥様がおっしゃいます。私が『ありがとうございます!』といいながら、とっさに『でも、どうしてでしょう?』とお聞きすると『息子はいつも家にいるから、いろんな新聞屋さん来るのを知っているのよ』『でもあなたのように息子にちゃんと対応してくれた営業マンはいなかったんだって』『だからどうしてもあの人からとってやってくれって』『本当は昨年の記事のことで朝日新聞には頭にきてて、とらないつもりだったんだけどね』
と話してくださいました。
息子さんの一言がなければこのご契約はなかったなと思うとともに、やっぱり感謝することで気持ちは変わる、気持ちが変われば状況も変わる、状況が変われば結果も変わる、ということと、感謝の気持ちを持つことの大切さをあらためて実感した、一件のご契約でした。